レトロアーケードゲーム特集(1980~1981年中期)
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今回は、主に1980年から1981年中頃に発売されたレトロアーケードゲームについて紹介しております。

 

レトロアーケードゲーム好きの方は是非見ていって下さい(‘ω’)ノ

 

 

スピーク&レスキュー

 

 

1980/5

サン電子

 

飛来するUFOから地球人を守る固定画面のシューティングゲーム。

 

機械式の合成音声が特徴で、UFOにさらわれると「タスケテー」と電子音でしゃべります。

 

 

UFOを撃ち落とすことでさらわれた人を救うことができ、その際にも、なんてしゃべっているか分かりませんがなんか言葉を発しています。

 

今でこそゲームが喋るのは当たり前ですが、当時は合成音声の片言でもインパクトは大きく、海外でもヒットしています。

 

 

 

ムーンクレスタ

 

 

1980/6

日本物産

 

5種類の敵がそれぞれ異なる動きで襲ってくる固定画面のシューティングゲーム。

 

本作最大の特徴が、機体同士で合体できること。

 

 

特定のステージをクリアした際、Ⅰ~Ⅲ号機が残っていると機体が合体し、ショットがパワーアップします。

 

特に3機合体するとショットも3連射と、かなり強力。

 

しかし、ドッキングシーンで失敗すると、自機を失ってしまうのがシビアなとこ。

 

 

 

スペースファイアバード

 

 

1980/7

任天堂

 

今となっては世界中で愛されている任天堂ですが、70~80年代は、まだまだ京都の小さな会社でしかありませんでした。

 

本作スペースファイアバードもその頃の作品で、あのマリオやゼルダ、ドンキーコングを生んだ宮本茂氏デザインのゲーム。

 

インベーダーゲームのような固定画面のシューティングゲームで、ギャラクシアンのように敵が自機めがけて急降下してきます。

 

画面上部に表示されている敵の数を倒せば面クリア。

 

 

緊急脱出ボタンがあり、これを使用するとバリアに包まれて体当たりで敵を倒すことができます。

 

任天堂はファミコンでいきなり大成功を収めたような印象もありますが、それまでにアーケードゲームも色々を出していたことを知る人は少ないですね。

 

この3年後にファミコンを発売し、任天堂はアーケードから家庭用ゲーム機へと力を注いでいくことになります。

 

任天堂のライバルだったSEGAは、家庭用は出すがメインはアーケードゲームと、任天堂とは逆に業務用に力を注いでいきました。

 

その結果はご存知の通り。。。

 

 

 

パックマン

 

 

1980/7

ナムコ

 

言わずと知れたナムコのドットイーター型固定画面アクションゲーム。

 

本作を開発した岩谷徹氏は、女性受けのゲームを開発しようと考えた結果、女性は食べることが好きというコンセプトからパックマンが生まれました。

 

と言っても、当時のゲームセンターは雰囲気も悪く、とても女性が気軽にゲームを楽しめるような場所ではありませんでしたが^^;

 

また、パワーエサを取ると敵を倒せるという設定は、ポパイから発想を得たとの事。

 

 

レバー操作だけの簡単設定、シンプルな操作に多くの人が熱中。

 

国内だけでなく海外でも大ヒットし、アメリカでは大ブームを巻き起こし熱狂的に向かい入れられました。

 

映画「ピクセル」でもパックマンが出てきますが、やはりそれだけ当時は人気だったんでしょうね。

 

2005年にギネスで、

世界で最も成功した業務用ゲーム

と認定された作品。

 

 

 

サスケVSコマンダ

 

 

1980/10

新日本企画

 

トーセが開発し、新日本企画から発売された固定画面のシューティングゲーム。

 

倒した忍者は地面に落ちてきますが、その忍者に当たってもミスになるのがシンドイところ。

 

 

赤と緑の忍者を一定数倒すとボス忍者戦になり、火炎の術や分身などを使用し中々手ごわい相手です。

 

オープングやゲームオーバー時などの演出も、この辺りから徐々に増えていきます。

 

 

 

キング&バルーン

 

 

1980/10

ナムコ

 

スピーク&レスキューと同じように、喋るゲームとして人気だったナムコの固定画面のシューティングゲーム。

 

ギャラクシアンに似た設定ですが、敵のバルーンを撃ち漏らし下の段に落ちると王様がさらわれてしまいます。

 

 

そして、さらわれる際に「ヘルプ」と王様が叫び、気球を撃ち落とすと「センキュー」、そのままさらわれてしまうと「バイバイ」と合成音声でしゃべります。

 

自機は無制限ですが、王様がさらわれてしまうとゲームオーバー。

 

 

 

銀河帝国の逆襲

 

 

1980/10

アイレム

 

ギャラクシアンタイプの固定画面シューティングゲーム。

 

敵を倒すと宇宙人が落下してきて、これを撃ち漏らすと自機の下に回り込み、下からいやらしい攻撃をしてきます。

 

しかも、一度後ろに回った宇宙人は、1周するまで居座るのが厄介なところ。

 

 

海外ではUniWars Sのタイトルで発売されています。

 

スペースインベーダーやギャラクシアンの影響のせいかこの時期は似たような固定画面のシューティングゲームが多いですね。

 

 

 

 

クレイジークライマー

 

 

1980/11

日本物産

 

当時大人気だった、ビル登りアクションゲーム。

 

本作を開発したのは、ムーンクレスタなどの生みの親、藤原茂樹氏。

 

住人が物を窓からバンバン捨てたり、怪鳥が定期的に飛来したり、キングコングが途中に住み着いていたりと、まさにクレイジーなビルを素手で登っていきます。

 

 

レバー2本で操作するというのも当時は斬新で、あらゆる面においてこれまでのゲームとは一線を画する作品でした。

 

ちなみに、藤原氏は後にハドソンに移籍し、ボンバーマンシリーズを手掛けております。

 

 

 

ディフェンダー

 

 

1980/12

Williams Electronics

 

スクロール機能を初めてシューティングゲームに取り入れた画期的な作品。

 

自機は左右に向きを変えられ、スクロールスピードも調整できます。

 

レバーの他に5つのボタンがあり、それぞれ、左右向きの切り替え、ショット、スマートボム、スピードアップ、ワープと操作は複雑。

 

 

ハードの制約上、キャラや背景はシンプルに作られていますが、後の横スクロールシューティングゲームの礎を築いた作品と言っても過言ではありません。

 

シューティングゲームの方向性を変えたと呼ばれる名作。

 

 

 

 

レーダースコープ

 

 

1980/12

任天堂

 

画面に奥行きを加えた固定画面シューティングゲーム。

 

 

見た目が少し変わっていますが、中身はギャラクシアンタイプのシンプルな作品。

 

敵が急降下で接近し、爆弾を落としていきますが、これを撃ち漏らし画面下部に落ちると、ダメージメーターが上がり満タンになると自機のスピードが遅くなります。

 

 

 

 

ニューラリーX

 

 

1981/2

ナムコ

 

敵の車から逃げながら画面上のフラッグを取るアクションゲーム。

 

レーダーを見ながら、ステージにある旗を回収していきます。

 

もとはラリーXとして発売していましたが、発売直後、社長から難易度が高すぎる!とダメだしされ、ラリーX発売からからなんと僅か1ヶ月で発売したのが本作品。

 

ニューラリーXは、難易度調整だけでなく、様々な変化が加えられ、そのおかげで大ヒットとなりました。

 

 

現在でもラリーXといば、本作ニューラリーXを差すことが多くいです。

 

軽快なBGMも大人気で、今でもこの曲を聴くとテンションが上がるという方も多いはず。

 

以前、アメトークのゲームセンター芸人でも品川氏が紹介しており、やはりBGMについて熱く語っていました。

 

 

 

ルート16

 

 

1981/2

岐阜特機

 

サン電子が開発し、岐阜特機が販売したカーアクションゲーム。

 

迷路区間から出ると、全景が表示されたフィールドマップに出ます。

 

 

ニューラリーXにも似ていますが、この2種類のステージが存在するところが本作の大きな特徴。

 

後にファミコンにも移植されています。

 

 

 

スクランブル

 

 

1981/3

レジャック

 

コナミ工業開発、レジャック販売の国産スクロールシューティングゲームの先駆けと言われている作品。

 

対空ショットと、地上用ボムの2種類の攻撃を使い分けて進み、後のグラディウスの原型にもなったとされております。

 

 

また、自機にはエネルギーがあり、燃料はどんどん減っていくため地上のエネルギータンクを破壊して補給しなくてはなりません。

 

1周6ステージあり、新しい敵キャラ、背景の変化などは当時としては画期的でした。

 

最終面は入り組んだ地形をしており、最終的に敵基地のコアを破壊するというのもグラディウスに似ていますね。

 

 

 

プレアデス

 

 

1981/6

テーカン

 

宇宙から襲来したエイリアンを撃退するシューティングゲーム。

 

 

ステージ1は地上、ステージ2からは宇宙、そしてステージ3は敵宇宙船との戦いとなります。

 

テーカンは、後にテクモと企業名を変え、現在はコーエーテクモゲームスとして活躍しています。

 

 

 

 

リバーパトロール

 

 

1981/7月

GGI

 

水難救助を題材とした縦スクロールアクションゲーム。

 

開発はオルカで、販売はGGIの作品。

 

ボートを操作し、おぼれている人を救助していきますが、ボートの舳先に当ててしまうとお亡くなりになります。

 

 

推進ボタンでスピードを調節しますが、川には流れもある為操作は中々難しいです。

 

一定の距離を進むとステージクリアなので、救助は必須ではありません。

 

当時はそれなりに出回った人気作で、海外でも販売されました。

 

 

ヴァンガード

 

 

1981/7

新日本企画

 

四方向へ攻撃可能な横スクロールシューティングゲーム。

 

ステージが進むと斜めスクロールなどもあり、当時としては斬新なアイディアが盛り込まれています。

 

 

しかし、導入には専用のコンパネが必要だった為、お店からは敬遠され、設置店はあまりありませんでした。

 

 

 

ドンキーコング

 

 

1981/8

任天堂レジャーシステム

 

任天堂大躍進のきっかけを作った大ヒット作品。

 

マリオやゼルダなどでお馴染みの宮本茂氏がキャラデザインやBGMまで、プログラム以外のほとんどを担当したことでも有名。

 

 

当初は周囲からの評価も低かったが、それが覆ったのがアメリカ。

 

日本でも1万台ほど売れたが、米国ではなんと5万台も売れた大ヒットゲームとなります。

 

 

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