【第1回】アーケードゲームとの出会い|あの頃のゲームセンターの記憶

思い出

時代は、80年代後半から90年代前半。

丁度、昭和から平成の御世に変わろうとしている頃のお話です。

子供の頃、誰しも一度は足を踏み入れたことがあるであろう、ゲームセンター。

今のように家庭用ゲームが充実していなかった時代、そこはゲーム好きの少年たちにとっては特別な場所でした。

当時のゲームと言えば業務用アーケードゲームが最先端で、家庭用ゲームはその劣化版といっても過言ではないでしょう。

今回は、そんな時代に私がアーケードゲームに出会い、ハマっていったきっかけを、当時の思い出とともに振り返ってみたいと思います。

ゲームセンターに繋がる幼少期の思い出

私の幼少期は父の仕事の都合上、転勤が多い家庭でした。

小学校1年生に上がる時に父親が地方に転勤となり、友達が全くいない状態で
小学校に入学。

そして、5年生に上がる時に地元に戻り、また友達も0の状態に。

更に、中学に上がる時には、親が一戸建てを購入した為、引っ越し、

そこで小学校の友達とも別れ、別地域の中学校に入学する事に。

幸いわりと社交的な性格だったため、どこへ行ってもすぐ友達が出来た思い出があります。

当時は子供も多く、公園や街中でも、どこかしらで子供の声が聞こえてきて、自分らなりに色々楽しい事を見つけて遊んでいたものです。

中学で出来た新しい友達と、よく近所の駄菓子屋さんなどに行って遊んでいましたが、

ある日その友達から

「ゲームセンター行かない?」

と誘われたのが、私とアーケードゲームとの出会いでした。

初めてのゲームセンター体験|怪しい個人経営ゲーセンの記憶

それまでも親に連れられて、デパートの屋上などに置いてあるゲームは何度か遊んだことはありましたが、

そこまで印象に残るゲームはありませんでした。

ゲームと言えば、もっぱら家で遊ぶファミコンがメインで、お金を払ってまでゲームをやりたくない、というのが当時の率直な思い。

なので、あまり乗り気ではありませんでしたが、行ったことがなかったので興味本位で付いて行ったのが始まり。

その友人に連れられて行ったゲーセンは、外見からはとてもゲーセンとは思えず、

そもそも、お店かどうかも怪しい陰気な場所。

1人では絶対に入れないような怪しい店舗。

個人経営の暗~く、やっているかどうかも分からない雰囲気で、

暗い店内に一部稼働しているゲームの、ブラウン管の光だけが点滅していました。

ゲーム以外にも雑貨なども扱っていたようですが、よくこれでお店としてやっていけるな・・・と子供ながらに思ったものです。

そんなお店に置いてあるゲームは数は結構多かったですが、普段はほとんどコンセントが抜かれており、

ゲームをやる時だけ、自分で線を繋げて遊ぶタイプ。

今となっては考えられないでしょうが、当時はそういう個人経営のゲーセンもありましたよね。

恐らく私と同年代が上の方は、思い当たる人も多いはず。

当時のちょっとヤンチャな子たちが集まるような場所で、ゲーム好きの子以外にも学校の子たちがよく集まるたまり場のような場所。

そこで他のクラスの子たちとも交流し、仲良くなっていったものです。

そして、その時に初めて遊んだのがセガの名作、あのゴールデンアックスでした。

ファミコンとの違いを見せつけたゴールデンアックス

ゴールデンアックスと言えば、セガの超ど真ん中とも呼べる名作ベルトアクションゲーム。

1989年に発売された作品で、このセガの開発チームはその前に獣王記を開発し、

こちらもヒットしたゲームでしたが、個人的にはゴールデンアックスから入りました。

それまでゲームと言えばファミコンくらいしか遊んだことがなく、初めてみる緻密なグラフィックのアーケードゲームには衝撃を受けたものです。

初めてゴールデンアックスをプレイした時は何もわからず、一番主人公っぽいアックスを使用していたら、

後から来た友達に、

「うわー、一番ダメな奴使ってるな」

っと言われたことを、今でも鮮明に覚えています。

それもあってか、未だにアックスのような主人公タイプの男性キャラは、あまり選びませんw

やはり当時から、ドワーフのギリウスが一番人気でしたね。

そして、次に女戦士のティリス、アックスは一番人気がなかった記憶があります。

その他にもこの店で色々遊んでいたはずなんですが、ゴールデンアックス以外はあまり覚えていません。

それくらい、ゴールデンアックスのインパクトが強かったという事なのでしょう。

それから度々この近所のゲーセンに行くようになっていましたが、

しかし、子供時代はお金も限られており、そこまで毎日行くほどまではハマりませんでした。

ナムコ系ゲーセン「キャロット」との出会い

お金がかかるので、当時はそこまで毎日はゲーセンに行けませんでしたが、

それが一変するのが、とあるカプコンゲームとの出会い。

別の友人に、あそこのゲーセンは新作も多いよ、

っと勧められて行くようになったのが、あの有名なゲームセンター「キャロット」。

さんまの名探偵にも登場したゲーセンで、当時は本当にあるんだ!っと驚いたものです。

ナムコ系列のゲーセンで、市内でもわりと大通りに面した街中にある有名なお店でした。

そこに初めて行ったときは、見たことないゲームやお洒落な雰囲気で、すげー!っと思ったものです。

しかし、内装はそこまで広くはなく、今でいうコンビニくらいの大きさでしょうか。

あと、タバコ臭かった記憶があります。

今となっては信じられないかもしれませんが、当時はタバコ吸っている人は多く、

ビーバップハイスクールに出ていそうな怖そうなヤンキー兄ちゃんなどが、学ラン着たままタバコを吸っていたものです。

そこにぎっしりとビデオゲームやレースゲーム、パンチングマシーンなど、所狭しと設置。

そして、そこで初めて見たのが、あのカプコンの名作ベルトアクションゲーム、ファイナルファイトでした。

ファイナルファイトの衝撃と消えゆくお小遣い

ファイナルファイトは、1989年に発売されたカプコンの業務用アーケードゲーム。

コーディ、ハガー、ガイの3人のキャラから選び、ヒロインを救う分かりやすい内容。

ベルトアクションゲームといえば、真っ先に本作を思い浮かべる人も多いでしょう。

それくらい当時は大ヒットした作品。

大きくて迫力のあるキャラクターが、敵をガンガン倒していく爽快な内容で、一目見た瞬間から心を奪われたものです。

当時のゲームは、まだ小さいキャラがチョコマカ動いているのが普通でしたから、

この大きなキャラが自在に動くのは衝撃でしたね。

キャロットは我が家から自転車で15分くらいの距離なので、決して近くはないのですが、

そこからはお小遣いを貰うたびにキャロットに行って、ファイナルファイトや色々なゲームを遊んでいものです。

ゲーセンにハマっていく日々と変わるゲーム観

きっかけはファイナルファイトでしたが、それ以外にも新しく登場する新作ゲームにどんどんのめり込んでいくようになりました。

個人的に当時から大好きで、よく遊んでいたゲームが、

  • ワルキューレの伝説(ナムコのアクションRPG)
  • 雷電(セイブ開発の傑作縦スクロールシューティング)
  • 達人(東亜プランの高難易度シューティングゲーム)
  • マジックソード(カプコンの協力型アクション)
  • パロディウスだ!(グラディウスのパロディシューティング)

時期はちょっとズレているかもしれませんが、特にこれらのゲームはゲーセンでもよく遊んでいた記憶があります。

ゲーセンにハマるようになると、ファミコンなど当時の家庭用ゲーム機では物足りなくなるんですよね。

ゲーセンのゲームを一度でいいから思う存分遊んでみたい!と当時から思っていたものです。

キャロットに通うようになってからは、お小遣いのほとんどをゲームに使うようになり、全くお金が貯まりませんでしたw

そして、キャロットに行き始めてから、たしか半年後くらいに社会現象にまでなった、

“あのゲーム”が登場し、ゲーセン通いが加速することに。。。

それが格ゲーブームの火付け役、ご存じストⅡ。

ここからは世は大格ゲーブーム時代が到来し、どこのゲーセンも大盛況でかなり盛り上がっていた思い出があります。

あいつのガイルが強い、あの人のリュウがヤバいなど、ゲームだけでなく上手いプレイヤーに注目が集まり始めたのも格ゲーからでしょう。

これが出てからは更にお小遣いの出費が激しくなりましたが、その話をすると長くなるのでまた今度。

 

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